唯一無二のオーラを放ち、今なお多くの人々を魅了し続ける美輪明宏さん。
その波乱万丈な半生の中でも、特に人々の興味を惹きつけてやまないのが、昭和の文豪・三島由紀夫さんとの関係です。
ネットや週刊誌では「二人は恋人同士だったのか?」という噂が今も絶えませんが、そもそも二人の出会いはいつ、どのような形だったのでしょうか。
実は、二人の始まりはシャンソン喫茶として有名な「銀巴里」よりも前。
銀座にある喫茶店の「ウェイター」と「客」という、意外な関係からスタートしていました。
当時、美輪さんはまだ16歳、三島さんは27歳。天才たちが織りなした“運命の出会い”の瞬間とは——。
今回は、美輪さんの知られざる恋愛観や、三島由紀夫さんとの間に流れていた“愛”の真実、そして映画『黒蜥蜴』での伝説の共演エピソードまで、二人の熱い絆の裏側に迫ります。
美輪明宏プロフィール!身長161㎝で現在の年齢91歳!

美輪明宏プロフィール
本名: 丸山 明宏(まるやま あきひろ) ※1971年までこの芸名で活動
生年月日: 1935年(昭和10年)5月15日(2026年現在91歳)
身長:161㎝
出身地: 長崎県長崎市
職業: 歌手、演出家、俳優、タレント
美輪明宏さんは1935年、長崎県に生まれました。
10歳の時に故郷で被爆するという壮絶な体験を経て、音楽への情熱を胸に15歳で単身上京。
国立音楽大学付属高校を中退後、17歳という若さで銀座の伝説的なシャンソン喫茶「銀巴里」の専属歌手となり、プロとしてのキャリアをスタートさせます。
1957年、シャンソンの名曲『メケ・メケ』を日本語でカバーすると、これが大ヒットを記録。
洗練された美貌と中性的なファッションは「シスターボーイ」と呼ばれ、一躍お茶の間のスターとなりました。
しかし、華やかな成功の裏で、自らの同性愛を隠さずオープンに生きていた美輪さんに対し、当時の社会からは激しい偏見やバッシングが浴びせられます。
ブームが去り、一時的に不遇の時代を迎えることとなりますが、美輪さんは決して自らの美学を曲げませんでした。
転機となったのは1965年、みずから作詞・作曲を手掛けた『ヨイトマケの唄』の発表です。
労働者への愛とリスペクトを歌ったこの曲は、人々の魂を激しく揺さぶり、歌手・美輪明宏の真の実力を日本中に証明しました。
その後は劇団を設立し、演出家や舞台俳優としても才能を開花。
三島由紀夫さんが脚色した『黒蜥蜴』での主演など、日本の演劇史・映画史に残る名演を次々と生み出していきます。
近年ではテレビ番組での深い人生相談や、スピリチュアルなメッセージを通じて、世代を超えた多くの人々から「人生の導き手」として圧倒的な支持を集め続けています。
美輪明宏と三島由紀夫の出会いは?

当時、すでに時代の寵児(ちょうじ)としてスター作家になっていた三島さんが店を訪れた際、若き日の美輪さん(当時は丸山明宏)を見かけたことがきっかけです。
最初は、三島さんの少し気取った態度に対して美輪さんが堂々とそっけない対応をし、三島さんが驚くというピリッとした初対面でした。
しかし、美輪さんの物怖じしない凛とした姿勢と、10代とは思えない豊かな知性に三島さんは一瞬で魅了され、それ以来、美輪さんのステージを見るために熱心に店へ通い詰めるようになります。
三島さんは美輪さんの並外れた美貌と才能を大絶賛し、ご自身の作品にも熱心に起用しました。
代表的なのが、江戸川乱歩原作・三島由紀夫脚色の舞台『黒蜥蜴(くろとかげ)』です。
三島さんはこの舞台のヒロインに美輪さんを指名し、美輪さんはその妖艶な演技で大成功を収めました。
三島さんにとって美輪さんは、単なる一人の若手歌手ではなく、自らが追い求める「美の理想」を完璧に体現してくれる唯一無二のミューズ(芸術の女神)だったのです。
二人は毎日のように言葉を交わし、芸術や人生について深く語り合う、特別な関係を深めていきました。
メイミー映画「黒蜥蜴(くろとかげ)」ってホントに名作だと思うんだけど、
当時はどんな人気だったのかしら?監督は深作欣二さんだし。三島由紀夫さんも出演してるよね?
1968年に公開された映画『黒蜥蜴』は、当時の若者文化やサブカルチャーの枠を超えて社会現象となるほどの超大ヒットを記録しました。
のちに『仁義なき戦い』を手掛ける深作欣二監督のスタイリッシュな映像美と、美輪明宏さんの妖艶な美しさが奇跡的な融合を果たした名作です。
最大の見どころは、原作者である三島由紀夫さんが自ら「美しい人間の剥製(生人形)」役としてゲスト出演している点。
美輪さん演じる黒蜥蜴に愛され、最後には口づけを交わすというあまりにも衝撃的で美しいシーンは、当時の映画界に大熱狂を巻き起こし、今なお伝説のワンシーンとして語り継がれています。
美輪明宏と三島由紀夫の関係は?


熱烈な交流を続けていた美輪明宏さんと三島由紀夫さん。
その親密さゆえに、周囲や後世の人々からは「二人は恋人同士だったのではないか」という噂が絶えません。
実際のところ、二人の間にはどのような愛があったのでしょうか。
当時の二人は、お互いに好意を抱いていることを隠さず、周囲からもまるで恋人同士のように見えるほど仲睦まじい姿を見せていました。
しかし美輪さん自身、後年の振り返りの中で、三島さんとの間に世俗的な交わりはなかったことを明かしています。
一線を超えるような関係を持たなかったのは、お互いが相手をあまりにも神聖で、汚してはならない大切な存在だと捉えていたからだと言われています。
では、二人に愛がなかったのかといえば、決してそうではありません。
むしろ、そこにあったのは一般的な恋人関係よりも遥かに強固な「精神的純愛」でした。
三島さんは美輪さんの才能と美しさを心の底から愛し、美輪さんもまた、三島さんの繊細な魂と知性を誰よりも理解していました。
お互いが自らの孤独を分かち合える、唯一無二の「魂の双子」のような存在だったのです。
単なるスキャンダラスな恋愛関係という枠には収まらない、次元の違う深い絆で結ばれていたことこそが、二人の関係の真実だと言えます。
✔美輪明宏さんの息子さんについてはこちらからどうぞ。


まとめ|美輪明宏と三島由紀夫の出会いはいつ?銀座の喫茶店のウェイターと客との関係から!
ということで
今回は、美輪明宏さんと三島由紀夫さんとの関係性の真相についてご紹介しました。
美輪さんは自らの生き方を早くからオープンにしつつも、何よりも相手の「魂の美しさ」を重んじる深い恋愛観を持っています。
そして、そんな美輪さんと三島由紀夫さんの関係は、単なる世俗的な「恋人」という言葉では測れないものでした。
一線を超えるような関係の結びつきを持たず、お互いの知性と芸術性で深く愛し合っていた二人。
時代を超えて今なお人々を魅了する彼らの絆は、まさに唯一無二の「プラトニックな純愛」だったと言えるのではないでしょうか。
ご一読ありがとうございました。









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