【画像】山本耕一の妻は小林千登勢!奥さんとの馴れ初めは1962年ドラマ共演がきっかけ!

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芸能界のおしどり夫婦として多くの人に愛された、俳優の山本耕一さんと女優の小林千登勢さん。

誰もが羨む仲良し夫婦だったお二人ですが、実はその出会い(馴れ初め)には、まるでドラマのような「まさかの大逆転劇」があったことをご存知でしょうか?

きっかけは1962年のドラマ共演。

しかし、なんと出会った当初の小林千登勢さんは、山本さんの写真を見て「この人が相手役なんて嫌!」と泣き出してしまったというから驚きです。

最悪の第一印象から、一体どのようにして誰もが認めるおしどり夫婦へと変わっていったのか?

今回は、1962年の運命のドラマ共演から始まる、お二人のあまりにもドラマチックな馴れ初めエピソードを詳しくご紹介します!

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目次

【画像】山本耕一と嫁の小林千登勢は1965年10月に結婚

画像引用元:https://www.youtube.com/watch?v=HSKv1O5NjrQ

山本耕一さんと小林千登勢さんは1965年(昭和40年)10月に結婚されました。

この結婚の裏側には、当時の小林千登勢さんの売れっ子ぶりがうかがえる微笑ましいエピソードが残されています。

当時、小林さんはNHKの人気時代劇『人形佐七捕物帳』に、主人公の妻・お美津役としてレギュラー出演中でした。

毎週お茶の間に顔を出す大忙しの身でしたが、山本さんとの結婚式と新婚旅行のために、番組を1週間ほどお休みすることになります。

今よりもスケジュールの調整が格段に難しかった時代ですが、周囲の温かい協力もあって無事に新婚旅行へ旅立たれたそうです。

最初は写真を見ただけで「相手役なんて嫌!」と泣いていた小林さんが、2年後には周囲に祝福されながら山本さんの妻となる――。

まさにドラマのような展開で、おしどり夫婦としての第一歩を踏み出しました。

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【画像】山本耕一の奥さんの小林千登勢の経歴やプロフィールは?ソウル生まれの享年66歳

画像引用元:https://www.youtube.com/watch?v=FZJc7qgx8NU

山本耕一さんの妻であり、昭和から平成にかけて広く愛された女優・小林千登勢(こばやし ちとせ)さん。

小林さんがどのような芸能人生を歩んできたのか、そのプロフィールと華やかな経歴をまとめました。

本名: 山本 千登勢(旧姓:小林)
生年月日: 1937年(昭和12年)2月13日
没年月日: 2003年(平成15年)11月26日(享年66歳)
出身地: 朝鮮京畿道京城府(現:大韓民国ソウル特別市)生まれ、福岡県八幡市(現:北九州市)育ち
愛称: 「おっかさん」

小林千登勢さんは共立女子高等学校を卒業後、名門「文学座」の研究生となり女優のキャリアをスタートさせました。

一躍スターダムにのし上がったのは1958年のことです。

NHKと専属契約を結ぶと、ドラマ『父』の主役に抜擢されて芸術祭賞奨励賞を受賞。

当時、同じくNHK専属として大活躍していた馬渕晴子さん、冨士真奈美さんとともに「NHK三人娘」と呼ばれ、一世を風靡しました。

その後は映画や舞台、テレビドラマへと活躍の場を広げ、特にテレビでは温かみのある母親役を多く好演。

NHK連続テレビ小説の『おしん』をはじめ、『鳩子の海』『ほんまもん』、そして学園ドラマの傑作『3年B組金八先生』などで見せた親しみやすい演技から、お茶の間では「おっかさん」の愛称で広く親しまれるようになります。

また、女優業だけに留まらず、持ち前の明るく聡明な人柄を活かしてタレントとしても大活躍。

長寿クイズ番組『象印クイズ ヒントでピント』のレギュラー解答者や、情報番組の司会などを長年務め、お茶の間の顔として定着しました。

さらに、自身の引き揚げ体験を元に執筆した児童書『お星さまのレール』がサンケイ児童出版文化賞を受賞し、後にアニメ映画化されるなど、文筆家としても素晴らしい才能を発揮した生涯でした。

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【画像】山本耕一と小林千登勢の馴れ初めは1962年ドラマ「美しき遍歴」での共演がきっかけ

画像引用元:https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=C0110505

芸能界きってのおしどり夫婦として知られたお二人ですが、その運命の出会いは1962年(昭和37年)にNHK大阪が制作したドラマ『美しき遍歴』での共演でした。

この作品で二人はヒロインと相手役という間柄になりますが、実は出会いの瞬間は、おしどり夫婦のイメージからは想像もつかない最悪のスタートだったそうです。

当時、すでに人気女優として活躍していた小林千登勢さんは、事前に相手役である山本耕一さんの写真を見せられた際、なんと「この人が相手役なんて嫌だ!」と泣き出してしまったという驚きのエピソードが残っています。

第一印象があまりにも悪く、配役の変更まで要望したというから驚きです。

しかし、いざドラマの撮影が始まると印象は180度変わります。

過酷なロケや熱の入った演技を共に重ねていくうちに、山本さんの誠実な人柄や役者としての魅力に小林さんも次第に惹かれていきました。

「顔を見るのも嫌」という最悪の出会いから、撮影を通してお互いになくてはならない存在へと変わっていく――。

まさに、自身が出演するドラマ以上にドラマチックな劇的変化が、二人の愛の始まりでした。

最悪の第一印象から始まったドラマ『美しき遍歴』の撮影でしたが、無事にクランクアップを迎える頃には、二人の距離はすっかり縮まっていました。

その後、1963年4月から半年間にわたってドラマが放送され、お茶の間でも二人のコンビは大好評を博します。

番組が終了し、スタッフやキャスト陣との打ち上げを共に経た頃には、すでに二人はお互いを異性として深く意識するようになっていました。

そこから始まった交際期間は約2年。

最初は「顔を見るのも嫌!」と泣いていた小林さんでしたが、山本さんの誠実な人柄に触れるうちに信頼は愛へと変わり、1965年10月、二人は周囲の温かい祝福に包まれてめでたくゴールインを果たします。

当時、売れっ子だった小林さんが結婚式と新婚旅行のために人気番組を1週間休んだというエピソードからも、二人の門出がいかに周囲に望まれたものだったかがうかがえます。

こうして「最悪の出会い」から「最高のパートナー」となった二人は、その後、芸能界を代表するおしどり夫婦として、生涯にわたり温かい家庭を築いていくことになります。

メイミー

昭和世代には懐かしい山本さんと小林さん。
特に私は小学生ながらアフタヌンショーが大好きだったんですが、
当時の人気はどうだったのかしら?

メイミーが調べてみたよ!

当時のお二人の人気はまさに絶大で、それぞれの代表番組を通じてお茶の間の主役として愛されていました。

特に山本耕一さんが出演されていた『アフタヌーンショー』は当時、最高視聴率30%を超えるお化けワイドショー番組。

司会の川崎敬三さんと山本リポーターによる「そうなんですよ、川崎さん」「山本さん、本当ですか?」というお決まりの掛け合いは、当時の小学生の間でも真似されるほどの大流行となり、漫才のネタにもされるほどの社会現象でした。

一方、妻の小林千登勢さんも元祖「NHK三人娘」として一世を風靡し、その後は『ヒントでピント』のレギュラー回答者や理想のお母さん役として高い好感度を誇っていました。

それぞれがテレビ界の最前線で大活躍しながら、私生活では私情を仕事に持ち込まない理想のおしどり夫婦として、公私ともに昭和のテレビ黄金期を支えたスターでした。

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まとめ|【画像】山本耕一の妻は小林千登勢!奥さんとの馴れ初めは1962年ドラマ共演がきっかけ!

ということで

山本耕一さんと妻の小林千登勢さんの馴れ初めについてまとめてみました。

山本耕一さんと小林千登勢さんの馴れ初めは、1962年のドラマ『美しき遍歴』での共演でした。

最初は写真を見ただけで「相手役なんて嫌!」と小林さんが泣き出すという最悪のスタートでしたが、撮影を通じて見事に大逆転。

2年の交際を経て1965年10月に結婚し、生涯にわたり誰もが羨むおしどり夫婦となりました。

まさに「事実は小説より奇なり」を地で行く、昭和の芸能史に残るロマンチックで微笑ましいラブストーリーです。

ご一読ありがとうございました。

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この記事を書いた人

ザ・クールマガジン編集者メイミーです。

ねこ、エンタメ好き。
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