高田みづえと若島津の馴れ初めは?元大関が嫁の大ファンで社長に直談判したのがきっかけ?

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昭和を代表する大人気歌手と、土俵で沸かせたイケメン力士のビッグカップル。

今なお語り継がれる高田みづえさんと元大関・若島津さんの結婚は、当時世間を大きな驚きと感動に包みました。

「元大関が奥さんの大ファンだった」「事務所の社長に直談判した」というドラマのようなエピソードは有名ですが、一体どのようにしてあの歌姫と恋に落ちたのでしょうか?

今回は、多くのファンが気になる「高田みづえと若島津の馴れ初め」について、出会いのきっかけから結婚までの知られざる秘話を詳しくご紹介します!

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目次

高田みづえと若島津は1985年9月27日に結婚

画像引用元:https://www.youtube.com/watch?v=7WkJUP0L_P0

高田みづえさんと若島津さんは1985年(昭和60年)9月27日に結婚式を挙げました。

会場となった東京・ホテルニューオータニの神前結婚式場には、紋付き羽織袴姿の若島津さんと、美しい白無垢姿の高田みづえさんが登場。

身長188cmの巨体の新郎と、150cmほどの小柄な新婦という微笑ましい並びも話題となりました。

同日夕方から行われた豪華な披露宴の総費用は2億円ともいわれ、高田さんの衣装代だけでも7,800万円にのぼるなど、当時としては破格のスケールでした。

この結婚披露宴の様子はテレビ朝日系列で生中継され、30.2%という驚異的な高視聴率を記録。

日本中が祝福する、まさに世紀のビッグカップルの誕生となりました。

この結婚を機に、高田みづえさんは人気歌手としての絶頂期でありながら芸能界をスパッと引退。

相撲界へと飛び込み、若島津さんを支える「おかみさん」としての新しい人生をスタートさせました。

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高田みづえと若島津の経歴やプロフィールは?

画像引用元:https://www.youtube.com/shorts/amOR0-oyUiU

高田みづえ(元歌手)

  • 本名:日髙 密江(ひだか みつえ) ※旧姓:高田
  • 生年月日:1960年6月23日
  • 出身地:鹿児島県南九州市(旧・揖宿郡頴娃町)
  • 血液型:A型
  • 主な経歴
    • 1977年、「硝子坂」でアイドル歌手としてデビュー。
    • 「私はピアノ」「そんなヒロシに騙されて」などヒット曲多数。NHK紅白歌合戦にも7回出場。
    • 1985年の結婚を機に人気絶頂で芸能界を引退。
画像引用元:https://www.youtube.com/watch?v=CO6nZeFYvPc

若島津 功 / 六夫(元大関)

  • 本名:日髙 六夫(ひだか むつお) ※現役時代のしこ名は若島津 功、年寄名・二所ノ関六夫
  • 生年月日:1957年1月12日
  • 出身地:鹿児島県熊毛郡中種子町(種子島)
  • 最高位:大関(「南海の黒豹」の異名で人気)
  • 主な経歴
    • 1975年、初土俵。鋭い攻めと端正なルックスで大人気に。
    • 1983年1月場所で大関に昇進、幕内優勝2回。
    • 引退後は二所ノ関親方として後進の指導にあたった

高田みづえさんは1960年生まれ、鹿児島県出身。

1977年に「硝子坂」でアイドル歌手として華々しくデビューを飾り、その抜群の歌唱力と親しみやすいキャラクターで一躍トップスターの仲間入りを果たしました。

「私はピアノ」「そんなヒロシに騙されて」など数々の大ヒット曲を生み出し、NHK紅白歌合戦にも7回出場するなど、当時の音楽シーンに欠かせない存在でした。

しかし、1985年の結婚を機に人気絶頂でありながら芸能界を引退。惜しまれつつもマイクを置く決断をしました。

一方の若島津さん(本名・日髙六夫)は1957年生まれ、鹿児島県中種子町(種子島)出身。

1975年初土俵を踏むと、端正なルックスと鋭い攻めの相撲で「南海の黒豹」の異名を取り、大変な人気を集めました。

1983年1月場所で大関に昇進し、幕内優勝を2回果たすなど、昭和の角界を代表する名力士として活躍。

現役引退後は二所ノ関親方として長年にわたり後進の指導にあたりました。

結婚後は同じ「日髙」の姓となり、高田さんは相撲部屋のおかみさんとして、不器用ながらも一途に夫を支え続けました。

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高田みづえと若島津の馴れ初めは?

画像引用元:https://www.youtube.com/watch?v=MGOUtQSSxck

「元大関が妻の大ファンだった」というロマンチックなエピソードで知られるお二人ですが、いったいどのようにして出会い、交際へと発展したのでしょうか?

そのきっかけとなったのは、若島津さんが受けた雑誌のインタビューでした。

当時の取材で「理想の女性は?」と聞かれた若島津さんは、迷うことなく大ファンだった高田みづえさんの名前を挙げていました。

この雑誌でのラブコールが関係者の耳に入ったことなどを経て、若島津さんは高田さんの所属事務所の社長に直接挨拶に行くチャンスを掴みます。

そこで憧れの歌姫に近づきたい一心で、

「場所中、苦手な相手に勝ったら食事に行かせてほしい」

と、男気あふれる直談判を行ったのです。

見事にその一番に勝利した若島津さんは、約束通り食事の機会をゲット。

さらに、お互いに「鹿児島県出身」という強い共通点もあり、一気に距離が縮まってプライベートでも親しい関係へと発展していきました。

メディアでの公言から始まり、自らの実力と熱意で憧れの歌姫を射止めた、まるでドラマのようなシンデレラストーリー。

この直談判をきっかけに育まれた純愛は、やがて1985年の「世紀の結婚」へと見事に結実していくことになります。

✔高田みづえさんの息子さんについてはこちらからどうぞ。

✔高田みづえさんの現在についてはこちらからどうぞ。

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まとめ|高田みづえと若島津の馴れ初めは?元大関が嫁の大ファンで社長に直談判したのがきっかけ?

ということで

高田みづえさんと若島津さんの馴れ初めについてご紹介しました。

雑誌でのラブコールから始まり、苦手な一番に勝って直談判という男気で憧れの歌姫を射止めた若島津さんと、その熱意に応えた高田みづえさん。

人気絶頂での芸能界引退という大きな決断の裏には、お互いへの深い信頼と確かな絆がありました。

ファンから始まったロマンチックな恋を実らせ、結婚後は相撲部屋のおかみさんとして夫を支え続けた高田みづえさん。

仲睦まじいおしどり夫婦として知られたお二人の歩みは、今なお多くの人々の心温まるラブストーリーとして語り継がれています。

ご一読ありがとうございました。

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この記事を書いた人

ザ・クールマガジン編集者メイミーです。

ねこ、エンタメ好き。
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