「日本の首相を務めた人物」と聞いて、みなさんは誰を思い浮かべますか?
長い歴史の中で数々のリーダーが誕生してきましたが、実は「親子二代で内閣総理大臣になった」という極めて稀有な奇跡を成し遂げた政治家一家が存在します。
それが、第67代内閣総理大臣・福田赳夫氏と、第91代内閣総理大臣・福田康夫氏の福田親子です。
昭和の激動期を重厚なリーダーシップで切り拓いた父・赳夫氏。
そして、平成の安定と対話を重んじ、父と同じ宰相の座に就いた息子・康夫氏。
一見すると対照的にも見えるふたりですが、その血脈には脈々と受け継がれる政治哲学がありました。
なぜ福田家は二代にわたり日本の頂点に立つことができたのか?
今回は、福田赳夫・康夫親子の歩みと、日本政治史に残る「福田一族」の軌跡に迫ります!
【画像】福田康夫の経歴やプロフィールは?早稲田大学出身で現在の年齢90歳

福田康夫プロフィール
生年月日:1936年(昭和11年)7月16日
年齢:90歳
出身地:東京都(本籍地は父と同じ群馬県)
学歴:早稲田大学政治経済学部卒業
肩書:第91代 内閣総理大臣(2007年9月〜2008年9月)
1936年(昭和11年)、政治家・福田赳夫氏の長男として生まれた福田康夫氏。
政治家一族の出身でありながら、早稲田大学政治経済学部を卒業した後はすぐに政界へ入るのではなく、民間企業である丸善石油(現・コスモ石油)に入社しました。
約17年間にわたる会社員時代にはアメリカ滞在も経験するなど、一般的なサラリーマンとしての現場感覚やビジネス視点を養います。
この経験が、後の「生活者目線」を重視した政治姿勢の基盤となったと言われています。
政界への第一歩を踏み出したのは1976年、40歳になろうとする頃でした。
父・赳夫氏の首相就任に伴って会社を退職し、内閣総理大臣秘書官に就任。
長年にわたり政界の第一線で活躍する父のすぐ側で、裏方として政治の実務と外交の現場を深く学びました。
1990年、父・赳夫氏の政界引退に伴い地盤を引き継ぐ形で衆議院議員に初当選。
政界入り後は確かな実務能力と冷静沈着な対応力が高く評価され、2000年には森喜朗内閣で内閣官房長官に抜擢されます。
続く小泉純一郎内閣でも留任し、官房長官としての連続在任日数は歴代屈指となる1,289日を記録。
数々の危機管理や難題の対応にあたり、「官邸の番人」「影の総理」と称されるほどの圧倒的な存在感を発揮しました。
そして2007年9月、安倍晋三首相の突然の辞任を受けて第88代自民党総裁に選出され、第91代内閣総理大臣に就任。
父・赳夫氏の首相就任から約31年の時を経て、日本の憲政史上初となる「親子二代での内閣総理大臣」という歴史的快挙を成し遂げました。
【画像】福田康夫の父親は福田赳夫!親子二代で内閣総理大臣

日本の長い政治史において、数々のリーダーが誕生してきましたが、「親子二代で内閣総理大臣(首相)になった」という例は、実は日本の憲政史上において福田家が初めての快挙でした。
父である第67代内閣総理大臣・福田赳夫氏。
そして、その意志と地盤を受け継ぎ、第91代内閣総理大臣となった息子・福田康夫氏。
約31年の時を経て父と同じ「国の頂点」に立った福田康夫氏ですが、そこに至るまでの道筋や政治スタイルには、父・赳夫氏とはまた違った独自の歩みとドラマがありました。
父の福田赳夫氏は、大蔵官僚を経て政界入りし、「全福田」と評されるほどの圧倒的な存在感で昭和の政界を引っ張った大物政治家です。
1976年に第67代内閣総理大臣に就任すると、オイルショック後の日本経済を見事に立て直し、「経済の福田」としてその手腕をいかんなく発揮しました。
外交面では東南アジア諸国との信頼関係を築いた「福田ドクトリン」を発表したほか、日中平和友好条約の締結など、歴史に残る偉大な功績を残しています。
そんな偉大な父を持つ福田康夫氏ですが、最初から政治家を目指していたわけではありませんでした。
大学卒業後は民間企業である丸善石油(現・コスモ石油)に入社し、約17年間もの間、一般のサラリーマンとして現場で勤務。
米国滞在なども経験しながら、ごく普通のビジネスパーソンとしての感覚を養いました。
転機が訪れたのは1976年、父・赳夫氏が首相に就任した際のことです。
会社を退職して父の「内閣総理大臣秘書官」に就任し、政界の裏方として父を支えながら、政治の実務や外交の最前線を身近で学びました。
その後、父の引退に伴い地盤を引き継ぎ、1990年に53歳で衆議院議員として初当選を果たします。
政界入り後の福田康夫氏は、民間企業で培ったバランス感覚と圧倒的な実務能力で頭角を現します。
森内閣・小泉内閣では内閣官房長官を務め、連続在任日数1,289日という当時の歴代最長記録を樹立。
「官邸の番人」「影の総理」と称されるほどの抜群の危機管理能力を発揮し、政権の柱として活躍しました。
そして2007年9月、第91代内閣総理大臣に就任。
父・赳夫氏の首相就任から約31年、日本政治の歴史に刻まれる「親子二代での首相誕生」が実現した瞬間でした。
就任後は「生活者重視」の政治を掲げ、現在の「消費者庁」の創設に向けた道筋をつけるなど、派手さよりも実利を重んじる堅実な姿勢で国政を導きました。
【画像】福田康夫は政治家一家の家系?

父・赳夫(たけお)さんが総理大臣だったことは有名ですが、実はすごいのは父子だけではありません。
父:福田 赳夫(第67代 総理大臣) 昭和を代表する大物政治家で「経済の福田」と呼ばれた名宰相。
本人:福田 康夫(第91代 総理大臣) 史上初の「親子二代」で総理大臣に!
息子(長男):福田 達夫(現・衆議院議員) 商社マンを経て政界へ。自民党の要職を務める「福田家3代目の政治家」!
親戚・親族にも政治家がいっぱい! 妹の夫(義理の弟)や甥っ子も元衆議院議員など、親戚関係まで含めると政界の重鎮たちがズラリと並びます。
これほど華麗な政治家ファミリーに生まれながら、福田康夫さんは最初から政治家を目指したわけではありませんでした。
なんと40歳近くまで一般企業(丸善石油)で働くサラリーマンだったのです!
「サラリーマンの現場感覚」を持った二世政治家だったからこそ、派手さよりも安定感と実務を大事にする政治スタイルが生まれたのかもしれませんね。
【画像】福田康夫の父親は福田赳夫!親子二代で内閣総理大臣になった政治家一家!
ということで
今回は、日本で初めて親子二代で内閣総理大臣となった福田赳夫・康夫親子と、その華麗なる政治家一族についてご紹介しました。
政治家一家という華麗なサラブレッドでありながら、庶民的な感覚と抜群の安定感で国を支えた福田康夫氏。
「親子二代の宰相」という偉業は、これからも日本の政治史に燦然(さんぜん)と輝き続けることでしょう!
ご一読ありがとうございました。


コメント