神戸の三宮周辺や公園などで、優美でどこか温かみのある彫刻作品を見かけたことはありませんか?
それらの作品を生み出したのが、神戸ゆかりの彫刻家・新谷琇紀(しんたに ゆうき)氏です。
神戸女子大学で約30年にわたり教壇に立ち、多くの学生に親しまれた新谷さん。
彼の作品は「街のシンボル」として今も人々に愛され続けています。
今回は、彫刻家・新谷琇紀さんの生年月日や年齢、生い立ちからイタリア留学、神戸女子大学教授としての歩みや代表作まで、その経歴を分かりやすくまとめました!
【画像】新谷琇紀の経歴やプロフィールは?神戸出身で金沢美術工芸大学出身の69歳

新谷琇紀プロフィール
名前: 新谷 琇紀(しんたに ゆうき)
生年月日: 1937年(昭和12年)7月26日
年齢: 69歳
出身地: 兵庫県神戸市
出身高校: 兵庫県立御影高等学校
出身大学: 金沢美術工芸大学
職業: 彫刻家(具象彫刻)、元・神戸女子大学教授(名誉教授)
新谷琇紀(しんたに ゆうき)は、優美で柔らかな人物像や「愛」をテーマにした作品で広く知られる日本の具象彫刻家です。
1937年(昭和12年)7月26日、彫刻家である父・新谷英夫の長男として兵庫県神戸市に生まれました。
幼少期より父を師として彫刻の世界に入り、身近に芸術を感じる環境の中で感性と技法を磨いていきました。
地元・兵庫県立御影高等学校を卒業後、金沢美術工芸大学へ進学し、彫刻の基礎と造形理論を本格的に学びます。
大学卒業後、さらなる表現の探求のためイタリアのローマへ留学。
イタリア具象彫刻の巨匠エミリオ・グレコらに師事し、精緻で流麗な身体表現や伝統的な彫刻技術を修得しました。
留学中の1971年、イタリアで現地のモデルであったモナイ・パトリツィア氏と結婚。
帰国後も彼女をミューズ(モデル)として数多くの作品を生み出し、そのしなやかでぬくもりのある女性像は新谷芸術の大きな代名詞となりました。
帰国後は作家としての精力的な制作活動と並行して、教育者としての道も歩みます。
1973年より神戸女子大学で教壇に立ち、1986年には教授に就任。
2003年3月に退職するまでの約30年間にわたり、多くの学生に美術や造形の魅力を伝え、後進の育成に大きな情熱を注ぎました。
その優れた業績と地域文化への貢献に対し、半どんの会現代美術賞(1975年)、神戸市文化奨励賞(1989年)、神戸市文化賞(1999年)、兵庫県文化賞(2002年)など数々の賞が贈られています。
神戸の街角や公園、駅前などには『MARINA』や『愛の像』をはじめとする多くの野外彫刻(パブリックアート)が設置されており、今もなお街の景観の一部として人々に深く親しまれています。
【画像】新谷琇紀の「AMORE(アモーレ)」とは?

神戸の阪急三宮駅北側にある「さんきたアモーレ広場(通称:パイ山・でこぼこ広場)」。ここに立つ印象的なブロンズ像をご存知でしょうか?
高さ約3.5メートルにおよぶこの彫刻作品こそ、新谷琇紀氏が手がけた代表作のひとつ『AMORE(アモーレ)』です。
半身の女性像や人体のパーツが交互に連なり、地上から空へと垂直に伸び上がっていくユニークで力強いフォルムが特徴です。
単なる街角のアート作品に見える『AMORE』ですが、実は阪神・淡路大震災からの「鎮魂」と「復興」への深い祈りが込められています。
震災復興の象徴
震災で犠牲になった商業関係者の冥福を祈り、不屈の精神で立ち上がる神戸の街を表現するために、兵庫県商店連合会などの呼びかけによって2006年3月に設置されました。
阪神・淡路大震災からの商業再生への思いを込めた「震災復興モニュメント」が十五日、阪急三宮駅北側のでこぼこ広場 ( 通称 ) にお目見えした。県商店連合会 (三條正豊会長) が、震災で両親を失った彫刻家の新谷琇紀さん ( 六八 ) に制作を依頼。不屈の精神で立ち上がる姿が表現されており、関係者は除幕式を開いて完成を祝った。
同連合会は、震災で多くの加盟商店が被災。一昨年六月、犠牲になった商業関係者の「鎮魂」と「復興」の意欲を表したいとモニュメント制作を決めた。制作費約千万円は、神戸を中心に阪神や姫路、明石などの商店主らから集めた。
新谷さんは神戸・三宮育ち。自身も震災で自宅が全壊、両親を失ったが、被災者を勇気付けようと引き受けた。引用元:清明会
新谷氏自身の想い
新谷琇紀氏自身も阪神・淡路大震災で自宅が全壊し、両親を亡くすという被災を経験されています。
自身も深い傷を負いながら、「彫刻を通して愛する神戸の街や被災した人々を勇気付けたい」という強い思いで制作を引き受けました。
「AMORE(愛)」の意味
台座にはイタリア語で愛を意味する「AMORE」の文字が刻まれています。
喪った人々や街への愛、そして未来へ前向きに進むための「人間愛」が表現されています。
新谷氏にとって、この『AMORE』は晩年に故郷・神戸へ捧げた集大成ともいえる大切なメッセージです。
三宮駅前を訪れた際は、ぜひその力強い造形と込められた思いを感じてみてください。
【画像】新谷琇紀は神戸女子大学教授も歴任

彫刻家として数々の素晴らしいブロンズ像やパブリックアートを生み出してきた新谷琇紀氏ですが、もう一つの大きな顔が「大学教授(教育者)」としての側面です。
制作活動にとどまらず、後進の育成にも並々ならぬ情熱を注ぎ、長年にわたり学生たちに美術や造形の魅力を伝え続けました。
1973年より神戸女子大学で教壇に立ち、講師や助教授を経て、1986年に教授へと就任しました。
2003年3月に退職するまでの約30年間にわたり、同大学で美術や表現の指導にあたりました。
厳しい彫刻の技術や理論だけでなく、芸術に向き合う真摯な姿勢や「人間愛」を大切にする精神を多くの学生たちに継承しました。
彫刻家としての圧倒的な実績を持ちながら、大学の教壇では温厚かつ熱心に学生を導いた新谷氏。
その教育者としての約30年間の歩みもまた、神戸の文化や美術界の発展を支えた大きな足跡のひとつといえます。
まとめ|【画像】新谷琇紀の年齢や経歴は?69歳の神戸女子大学教授で彫刻家!
ということで
今回は、神戸を代表する彫刻家で元・神戸女子大学教授の新谷琇紀(しんたに ゆうき)氏のプロフィールや経歴、代表作についてご紹介しました。
新谷氏が遺した作品や「愛」をテーマにした造形精神は、今も神戸の街角で人々の心に寄り添い続けています。
三宮や東遊園地を訪れた際は、ぜひ新谷氏の彫刻に足を止めて、その温かい作品世界の魅力に触れてみてくださいね。
ご一読ありがとうございました。


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